Ishizaki Syouji 150th Anniversary
石﨑商事150周年まで
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石﨑商事
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【石﨑商事のあゆみ】

【石﨑商事の歩み25】

【石﨑商事の歩み25】

本社増築部分の地鎮祭。平成29(2017)年11月28日の午前9時から執り行われ、弊社からは石﨑康文社長をはじめ、課長代理職以上の社員15名が参列したほか、工事を担当する清水建設株式会社四国支店からも支店長ほか7名が参列。晴天の中、厳かに神事が進み、工事の無事を祈願しました。

過去の投稿記事

【石﨑商事の歩み24】 【石﨑商事の歩み24】

【石﨑商事の歩み24】

右側の建物は昭和34(1959)年ごろに建設された旧倉庫。建設当初、コンクリート造の建物は市内では希少で、約20年前までは商品倉庫として活用されていましたが、近年は帳票類を置く程度であまり使われていませんでした。耐震性能の問題もあり、150周年を機に取り壊し、本社を増築することになりました。

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【石﨑商事の歩み23】 【石﨑商事の歩み23】

【石﨑商事の歩み23】

社員47名が参加した沖縄社員旅行での集合社員。平成29(2017)年3月18日~20日の行程で世界遺産の「首里城」や「沖縄美ら海水族館」、「ひめゆりの塔」などを訪れました。弊社では2年に1度のペースで全社員参加による社員旅行を実施し、社員同士のコミュニケーションを促進しています。

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【石﨑商事の歩み22】 【石﨑商事の歩み22】

【石﨑商事の歩み22】

東日本大震災の津波被害で稲作ができなくなった農地にコットンを植えることで、被災地域の農業を支援する「東北コットンプロジェクト」が平成23(2011)年に立ち上がりました。その一環として、平成24(2012)年から綿花を採った後の茎を原材料に使った「東北コットン紙」を製造・販売しています。

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【石﨑商事の歩み21】 【石﨑商事の歩み21】

【石﨑商事の歩み21】

平成27(2015)年4月1日に実施した入社式。弊社は以前から新卒社員の定期採用を実施しており、将来を担う人材の育成を進めております。 一方、弊社の歴史を支え続けてくれた社員への感謝の気持ちを表すために、同じ日に永年勤続表彰(10年・20年・30年)を実施しています。

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【石﨑商事の歩み20】 【石﨑商事の歩み20】

【石﨑商事の歩み20】

黒島工場の建設にあたっては、当時先行して稼働していた仙台の最新スリット加工場を視察し、先端技術を取り入れた設計にしました。こうして、陽圧ルームなど防塵対策の完備されたハイテク工場が誕生したのです。写真は、平成19年に、新たな加工事業のために増設された黒島工場の全景と内部の模様です。

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【石﨑商事の歩み19】 【石﨑商事の歩み19】

【石﨑商事の歩み19】

初代九真が販路を拓いた東北地方は、石﨑商事にとって大変重要な地域です。戦後も東北6県をメインに販路を拡大してきた経緯があることから、昭和54年に自宅兼事務所として泉市(現・仙台市泉区)に仙台事務所が開設されました。その後、平成9年に地下鉄泉中央駅近くのオフィスビルに移転しています。

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【石﨑商事の歩み18】 【石﨑商事の歩み18】

【石﨑商事の歩み18】

IT化の進展でWebによる商行為がさらに拡大する中、石﨑商事ではインターネットバンキングサービスと連動し、資金移動や入金自動消込サービスの導入など経理業務の効率化を図りました。平成11年には弊社ホームページを開設し、商品紹介や求人情報などを広く発信。Webを利用した電子商取引も一部開始。

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【石﨑商事の歩み17】 【石﨑商事の歩み17】

【石﨑商事の歩み17】

平成10年4月、石﨑倫良元会長が勲五等雙光旭日章を受けました。受章を記念し、当時の伊予三島商工会議所会頭らを発起人とする叙勲祝賀会が同年6月24日、伊予三島市福祉会館にて開催されました。同会には衆議院議員、県議会議員、伊予三島市長ら政財界の要人が多数参列、倫良元会長の功績を讃えました。

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【石﨑商事の歩み16】 【石﨑商事の歩み16】

【石﨑商事の歩み16】

松山営業所は昭和48(1973)年に萱町に開設されました。その後、木屋町、小栗、大手町と数度の移転をへたのち、平成6(1994)年、松山市空港通に倉庫を併設した事務所が完成しました。同営業所の敷地は、営業所建設用地として昭和48年に弊社が購入していたものです。

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【石﨑商事の歩み15】 【石﨑商事の歩み15】

【石﨑商事の歩み15】

平成元(1989)年、京浜営業所(川崎市)の1階にショールーム「ペーパーフリークス」がオープン。カラフルなコーディネートが魅力のアンテナショップとして、ユーザーのニーズ把握と迅速な対応に役立ちました。現在は見本やサンプル品の展示・保管場所となっています。

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【石﨑商事の歩み14】 【石﨑商事の歩み14】

【石﨑商事の歩み14】

昭和40年代に新設された京浜営業所は、首都圏における石﨑商事の拠点として日本の経済成長とともに営業成績を伸ばしてきました。田んぼだった周辺にも次々と住宅やビルが建ち、都市化が進展。京浜営業所は、開設から20年あまりを経た昭和62年、事務所と社宅を兼ねたビルに生まれ変わりました。

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【石﨑商事の歩み13】 【石﨑商事の歩み13】

【石﨑商事の歩み13】

昭和58(1983)年、ユニ・チャーム杯ソフトボール大会において、石﨑商事チームが優勝の栄誉に輝きました。当時は地元企業の多くにソフトボールチームが作られ、盛んに大会が開かれていました。強豪チームで知られた弊社チームは、数々の大会で好成績を残しています。

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【石﨑商事の歩み12】 【石﨑商事の歩み12】

【石﨑商事の歩み12】

株式会社紙業会館が主催する新春の「紙初市」は、その年の景気を占う恒例行事として、華やいだ雰囲気の中で取り引きが繰り広げられます。写真は、昭和60年の初市で石﨑倫良元会長が高額の売買を行った企業を表彰する一場面です。石﨑元会長は株式会社紙業会館の社長を23年にわたって務め、紙初市を発展させました。

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【石﨑商事の歩み11】 【石﨑商事の歩み11】

【石﨑商事の歩み11】

包装資材の改良にともない、荷造りも藁縄から紙バンドとなり、昭和40年代にはダンボール梱包用にPPバンドが使われるようになりました。確実な作業性で評判になった池貝鉄工の「S形テープ梱包機(エスコン)」は、PPバンドとセットで売れ行きも好調、包装資材部の出発点となった梱包機です。

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【石﨑商事の歩み10】 【石﨑商事の歩み10】

【石﨑商事の歩み10】

昭和48年に旧川之江市妻鳥町国道11号線沿いに第3号倉庫(東倉庫)が建設されました。同倉庫の設置により、本社前の第1号倉庫(昭和32年建設)と国道11号線沿いの第2号倉庫(昭和44年建設)の機能を集約させた総合的な配送センターが完成。労働力の効率化と迅速な物流によるコストダウンが実現しました。

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【石﨑商事の歩み9】 【石﨑商事の歩み9】

【石﨑商事の歩み9】

昭和40(1965)年には東京出張所(港区虎ノ門)を開設。ほどなく同所が手狭となったため、川崎市新作に200坪の土地を坪単価6万円ほどで購入。昭和43年に事務所、倉庫、社宅を備えた京浜営業所が開設されました。写真は完成間近の営業所前で撮影。左が石﨑倫良社長(当時)、右が初代所長の吉岡秀夫さんです。

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【石﨑商事の歩み8】 【石﨑商事の歩み8】

【石﨑商事の歩み8】

本社ビルの完成により、全館冷暖房完備の清潔で明るい近代的なオフィスが誕生しました。石﨑商事では他社に先がけて事務機器を導入してきましたが、この時代はまだデスクでそろばんを弾く姿が日常的に見られました。昭和47年の電子計算機導入まで、伝票類はすべて手書きで作成されていたのです。

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【石﨑商事の歩み7】 【石﨑商事の歩み7】

【石﨑商事の歩み7】

創業から100年にわたり社業を支えてきた旧社屋でしたが、業績の進展にともない手狭になったため、新社屋建築が計画されました。土地取得など準備に1年が費やされ、昭和46(1971)年7月に本社ビルが竣工。旧社屋から新社屋への引っ越しは同年8月1日に行われました。

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【石﨑商事の歩み6】 【石﨑商事の歩み6】

【石﨑商事の歩み6】

昭和46(1971)年8月、創業100周年を記念し、およそ4,000万円の工費を投じて本社ビルが新築されました。9月18日に伊予三島市民会館を会場に開催された落成祝賀会には、当時の政財界の有力者150名あまりが参会、新社屋における石﨑商事の新たなスタートを祝いました。

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【石﨑商事の歩み5】 【石﨑商事の歩み5】

【石﨑商事の歩み5】

「ミキロン障子紙」は三木特種製紙株式会社開発のレーヨンを原料とした、従来の手漉き和紙のイメージを覆した画期的な商品です。破れにくく美しい光沢を持つ特長を活かし、障子紙として実用化にこぎつけました。「ミキロン障子紙」は社業発展の大きな原動力となったのです。

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【石﨑商事の歩み4】 【石﨑商事の歩み4】

【石﨑商事の歩み4】

石﨑紙店が扱った商品は全国的な紙の品評会にもたびたび出品され、優秀な成績をおさめました。明治37(1904)年には、セントルイス万国博に出展されたコピー紙(典具帖)が銅賞を受賞。石﨑の名はもとより、伊予和紙のグレードの高さを国内外にアピールし、イメージアップにつなげる結果となりました。

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【石﨑商事の歩み3】 【石﨑商事の歩み3】

【石﨑商事の歩み3】

初代九真は帆船を利用して関東、東北、北海道、樺太方面まで販路を広げました。北海道では小樽、函館、釧路などを拠点とし、内陸部を馬で移動することもありました。遠隔地のため、1年の半分を出張に費やすことも多く、度重なる長旅をともにした旅行カバンが当時の苦労を物語っています。

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【石﨑商事の歩み2】 【石﨑商事の歩み2】

【石﨑商事の歩み2】

明治中期より、初代九真を中心に関東、東北、北海道への販路拡大が積極的に行われました。これは明治30(1897)年12月、九真によって書かれた備忘録の一部ですが、極寒の北海道で雪と暴風のため列車が遅れたり、船が欠航したりと、当時の過酷な営業活動の様子が詳細に記録されています。

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【石﨑商事の歩み1】 【石﨑商事の歩み1】

【石﨑商事の歩み1】

明治元(1868)年、和紙を製造していた18歳の石﨑婚造は、三島村で問屋「やまこ石﨑紙店」を創業。石﨑商事の歴史はここにはじまります。「やまこ」は、発展の象徴である山(∧)に、創業者の名を組み合わせた商標に由来します。このマークは現在も社章として受け継がれ、創業の精神を今に伝えています。

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